凍み大根を使ったレシピで、地域の年配者が多分最初に思いつくのは、定番中の定番「身欠きニシンの煮物」でしょう。
でも何でニシンなんだろう?そして何でそれが「お田植え料理」と呼ばれるんだろう? 考えてみることにしました。
ニシンを使う理由を考えてみる
冒頭で”年配者にとっての定番レシピ”と言ったのは、凍み大根自体すでに馴染みのない食材だから。若い世代にとっては「おばあちゃんの料理に出てきた」ぐらいな認識なのです。そこに来てニシン……。
私は移住者だから、というよりは自身がそんなに料理が得意ではなかったので、身欠きニシンが食材として何かも知りませんでした(トホホ)。実家の母(都会っ子)も使わない食材で、食べたことなかったです。自分で調理してみようと思いスーパーで身欠きニシンを見かけたときは、意外とお値段がいいのにビックリしました。
ニシンとはどんな魚?
『ウィキペディア(Wikipedia)』のニシン、身欠きニシンを参考にまとめると、ニシンは江戸から大正まで北海道沿岸で大量に取れていた細長い小さめの魚。最盛期は明治30年(1897)でそれ以降、特に昭和30年代からはどんどん漁獲高は減少し、今では庶民の魚ではなくなっています。現在はほとんどが加工された輸入ものなんだとか。
身欠きニシンとは
身欠きニシンとは、ニシンの頭、内臓、エラなどを取り除いて三枚におろして干す干物のこと、だそうです。名前の由来は「戻した干物が筋ごと取れやすくなることから」がよく言われています。
ちなみに「磨き(ミガキ)ニシン」という表記は間違いとのこと。でも「鰊みがき弁当」という駅弁があります、美味しそう。
意外と生活に根付いている魚
令和時代には高級魚になってしまいましたが、ニシンは
- ・春の季語
- ・石(こく)の基準(かつての単位、乾物の身欠きニシン40貫、約150キロを1石とした)
- ・ソーラン節
- ・石狩挽歌
- ・鰊(にしん)御殿
など、私たち(特に特産地である北海道の人々)の暮らしに文化的にも結びつきが強い魚なんですね。ほか詳細は以下の記事へ。面白かったです。
伝説の魚ニシン~あれからニシンは何処へ行ったやら~(サカマ図鑑)
北海道発、日本各地に伝わる伝統食「身欠きニシン」とは?(地球の歩き方)
昔は身近で重宝されていたニシン
ニシンがたくさん獲れていた時代、江戸から明治の信濃大町には、日本海から「塩の道」を通して魚が運ばれてきた事でしょう。
江戸時代より、蝦夷地(現在の北海道)はニシンの漁で繁栄していた。冷凍・冷蔵技術や輸送技術が未発達だった当時、水揚げされたニシンは乾燥品の身欠きニシンに加工されたのち、北前船などの海路で本州に移出されて流通し、長期保存が可能な海産物として重宝されていた。
にしんそば(Wikipedia)
軽くて運びやすい、乾物で腐らない、そんな理由から山国でも身近な食材だったのかも知れません。
ニシン加工品こぼれ話
山の幸については馴染みがありますが、海の幸は知らない事ばかり。個人的トリビアをまとめました。
実はニシンだった加工品一覧
- ・数の子……ニシンの卵、子だくさん。「二親」で子孫繁栄を願う。
- ・子持ち昆布……あの卵もニシンのだった!
- ・シュールストレミング……スウェーデンの世界一臭い缶詰の中身は、ニシンの塩漬け
- ・ヘンリーボーン(Herring Bone)……模様の名前で、にしんの骨が由来
- ・魔女の宅急便のあの料理も!!
この料理!!見覚えある!!! 有名なニシンのパイ! 詳細はこちら↓
魚とパイの組み合わせは日本人はぴんと来ないが、その発祥はイギリスのコーンウォール地方にあるといわれている。パイ生地からニシンの頭と尾が飛び出ているパイはその形状からStargazy pieと呼ばれている。コーンウォール地方ではクリスマスの料理として知られているようだが、独特の形状がまずそうという意見もよく聞かれるのである。
ニシンの代表的な食べ方とは|ニシンのパイはどんな味?
ジブリさんが画像フリーにしてくれているので、無駄に使いたくなっちゃう。こちらの有名なシーンもご一緒にどうぞ。
キキー! 風邪ひいちゃうよ~~!!
なぜ「田植え」の煮物なのか?
さて、基本的にニシン+凍み大根=田植え煮物、田植え料理とされています。レシピ名に「田植え」がなくても背景には「春(田植え時期)に食べるもの」があるようです。ニシンや凍み大根がなぜ「田植え料理」なのでしょうか。
1,前提として乾物が「身近」で「便利」だったから
前提として、乾物のポジションが今と違うと考えられます。繁忙期に料理するのに、単純に便利な食材だったから。
我らが美麻オリザファームは水稲(すいとう)はやりません。大変なのが分かっているからです。田んぼという土地がないのが一番の理由ですが、大型な機械が必要だからね(移住者の方で手で植えて手で刈るような原始的農業をしてる方もいますね。体験ではやってみたいけど、毎年やっている人は本当にすごいなと思います)。
だから田植えの大変さは体で実感していないので、想像でしか分かりません。でも農繁期にお昼ご飯を作る大変さは分かります。自分も畑でやることあるのに、先に帰って準備しないといけない、忙しい!
昔は田植えの忙しいときにお母さんたちが手間をかけず、しっかりご飯のおかずになる凍み大根の煮物がよく食べられたそうです。
長野県「凍み大根とにしんの煮物」JA大北女性部
昔は電子レンジ(普及したのは1970年代以降)や冷凍食品などなかったから、やっぱり乾物は便利だったのでしょう。今だって乾物は使われますが、昔より選択肢が豊富なので出番は減っているのはしょうがないですね。
2,出汁がでる干物+春に完成した保存食=美味しかったから
凍み大根は春に完成します。秋に収穫し冬の寒い日に仕込んで、春にカラカラになる。春は雪解けが始まったばかりでまだ畑作業はできません。自家野菜が少ないとき、凍み大根があるのは心強かったと思います。
秋にできて余った食材が春に美味しく食べられる。スーパーに行けば季節関係なしに野菜が置いてある現代ではピンと来ませんが、昔はもっと季節に敏感な食生活だったのでしょうね。
一方身欠きニシンは“春告魚(はるつげうお)”と言われる春の魚。加工に一か月以上かかるらしいので、獲れてすぐに山国に届く訳ではないでしょう。それこそ保存食として家に常備してあったのか。台所をふと見渡した時、この二つが目に付いて、それを利用したのかも……、など想像してみるのです。
3,田植えに来てくれた人をもてなしたかったから
田植えが機械化する前の時代に思いを馳せながら、こちらの記事を読みました。
今から50年以上も前の昭和30年代、農繁期に農家同士が無償で手伝いあう、相互扶助の仕組み「結い」(「ゆい」と読みますが、これを「えい」とか「ええっこ」と呼ぶところもある)が、地域農業を支えていました。農家は田植えで集まった人たちを「田植え煮もの」や「きな粉むすび」でもてなしたといいます。
田植のときにはお田植料理を食べるものです 長野県のおいしい食べ方(JA長野県)
近所の長老から聞いた話ですが、ここ美麻もわざわざ遠く善光寺平から「峰街道(善光寺街道)」を通って仲間が手伝いに来てくれていたそうです。そして自分たちも手伝いに行く。そうしないと田植えができなかったのでしょうね。
そんな人たちをもてなしたい。春の一大行事が終わった喜びを分かち合いたい。乾物とはいえ、少なくとも春に山で採れる山菜より、遥々塩の道なんかを担いで届いた魚の方が貴重だったと想像できます。プチ贅沢品を使った「田植え料理」は疲れた体に凍みた、違う染みたのでしょうね。
昔の風習を考えれば、昔の味に理由があることが分かりました。人によっては当たり前の事かも知れませんが、知らない人間にとっては考えないと分からないものですね。
ニシン+凍み大根の基本のレシピ
ここまで来てやっとレシピの紹介です。つらつら考えてきた歴史的、文化的な背景を噛みしめながら料理すれば、またお味もひとしお。かな?
以下信州ふーどレシピより引用します。
「田植え煮物(凍み大根の煮物)」
材料と分量
凍みだいこん 100g
身欠きにしん 10枚
こんぶ 1袋
わらび 300g
にんじん 400g
こんにゃく 2枚
ちくわ 2本
さつま揚げ 1袋
【A】
砂糖 適量
しょうゆ 適量
みりん 適量
作り方・調理方法
- 凍みだいこんを水で戻し、サッと1回煮立て、あくを抜く。
- 身欠きにしんも熱湯であく抜きし、2~3cmに切る。
- こんぶを水で戻し、2~3cmに切る。
- わらび(塩漬けの場合)は、前日から塩抜きしておく。
- わらび、にんじん、こんにゃく、ちくわ、さつま揚げを適当な大きさに切る。
- 好みの塩加減で【A】を煮たて、具材を全て入れて煮る。
個人的になんですが、アク抜いたり水に戻したりって結構面倒なんですよねぇ……。昔の人は保存食を使うのが上手だったんだなぁと思います。サラッと蕨(わらび)が出てきますが、現代では田舎でも山を持ってる人とか一部の人しか山菜を自宅保管しておかないのではないか、と思います。
「凍み大根とにしんの煮物」JA大北女性部
こちらは近所の小谷村の方のレシピ。材料が庶民的になり少しは作りやすそう。でもやっぱり凍み大根に加え昆布もニシンも「水で戻す」ので、思い立ってすぐできるレシピではないのです。以下JAグループ 旬を味わう(お手軽レシピ)から引用。
材料と分量(4人分)
凍み大根 15g
身欠きにしん 30g
人参 120g
昆布 20g
さやいんげん 50g
白だししょうゆ 100cc
砂糖 20g
酒 40g
水(戻し汁) 800㏄
作り方・調理方法
- 凍み大根は前日に800㏄の水で戻し、食べやすい大きさに切る。
- にしんと昆布を水で戻し食べやすい大きさに切る。昆布は結ぶ。
- 人参は半月に切る。
- 凍み大根の戻し汁に凍み大根、人参、にしん、昆布を入れて柔らかくなるまで煮る。
- 柔らかくなったら調味料で煮詰める。
- さやいんげんを入れて2分ほど煮る。
現代ならではの凍み大根の使い方を模索中!
ニシンとの出会いに思いを馳せ、個人的に面倒なレシピを辿ってきました。保存食という時点で必要に迫られた生活の知恵だったのでしょう。それだったら凍み大根は時代とともに消えてゆく食材なのかも……。なんて!おセンチな事は思っていません! 現代ならではの需要もあるのです。
・添加物不使用の食材が欲しい人
・珍しい雪国の食材が欲しい人
・いつもと違った食感の大根が欲しい人
・ベジタリアンの人
これらの需要に応えて、今後もレシピを載せていきたいと思います。今日はここまで。